小泉先生って???

「ひだまり温灸」生みの親であるお灸研究家。90歳。

90年の人生のほとんどを「お灸」とともに過ごしてきたまさに生き字引でもある、やさしいおじいちゃん先生。

お灸老舗メーカー「山正」との共同開発でこれまでに数多くのお灸(遠赤外線放射温灸)の開発に携わる。

(つぼきゅう禅・お大師さまの温灸・お遍路さんの温灸・おわん灸)

 

10代で余命1年の宣告を受けるがお灸と出会ったことで90歳の現在も精力的にお灸の仕事を続ける。

自らのお灸人生や12の重要ツボなど満載の著書『90歳、お灸で元気』(幻冬舎)は発売より1ヵ月経たずに増刷決定!

 

先生のお灸との出会いと綴ったエッセイをご紹介します。


『人生は恩返し』

東洋医学家庭療法研究所代表 小泉義国

 

 私は10代の頃、重症の肺結核を患い伊豆の慶応堂病院に入院していました。

昭和18年、実家のある甲府に新しい療養所が出来たのを知り、幸い転院することが叶いました。

 療養所の1日は朝6時の起床に始まり、絶対安静の患者は読書も禁止されていたが、3時の検温が終わると病院周辺の遊歩道を散歩することもできました。

少しずつ清楽荘の日々にも慣れてきた頃、毎週1回、背負い籠に卵、野菜や手作りの饅頭などを売りに来るおばさんがいました。

私が枕元に短歌の本を広げていると、「小泉さんは短歌を勉強されているのかね」と言葉を掛けられ、「私も歌を作って新聞社の歌壇に投稿している」と言う。

それが縁で病気の不安や愚痴をおばさんに話すようになっていました。

2ヵ月が経った頃、安静時間がくるのを待つようにおばさんに声を掛けられ私はベランダに行くと。

初めて渡辺と名乗ったおばさんが、自分は60歳になるけど今まで病気をしたことがない。お産以外寝たことは無いと話す。

両親は80歳を過ぎているが、2人とも元気なのはどうしてだと思いますか。

『足の三里』にお灸をしているからだと私に教えてくれた。

「小泉さんはまだお若いし丈夫になってお国のために働いてもらいたい人です。お金も場所も時間もかかりませんから、私が教えますからやってみませんか。きっと治ると思いますよ」

いつもと違うおばさんの眼差しと、「きっと治る」と言ってくれた一言に激しく心を揺さぶられました。

治りたいの思いから「お願いします。ぜひ教えてください」と懇願していた。

翌週、安静時間が終わったら、遊歩道の桃の木の所で会うことにした。

そこは患者もほとんど来る場所ではなかった。

渡辺さんは背負い籠を桃の木の下に降ろして、茶封筒を手渡してくれた。

その中には、一握りのもぐさ、2本の線香、マッチ1箱、ヨードチンキの小瓶1本が入っていた。

 私の足を擦り、なま温かい自分のつばを足の三里につけながら、もぐさをおいて灸点を教えてくれた。

渡辺さんの丸い背中の歪みが今でもはっきり思い出せる。

お灸は想像を絶する熱さだった。

が、2回目はさほどでもなく、同じ箇所に3回、左右の足に毎日するように言われた。

遊歩道やトイレを使ったりして、同室の人や看護婦さんにわからないようにしていたつもりだったが、いつまでも隠し通せるものではなかった。

 ある日のこと、担当医師と一緒に院長室に呼ばれた。

院長は「あなたは変なことをしていると聞きましたが」担当の先生の許可を取ってのことかと問い詰められた。

無論担当医に話などはしていない。院長からは私の指示した医療行為以外は病院では禁じると言い渡された。

私は渡辺さんに教えられたなどとは言えず、本を読んで知ったと答えるのがやっとだった。その時である、担当の医師が図書館にある本の原志免太郎博士の記事を読まれたのでしょうと助け舟を出してくれた。

九大の助教授時代、『足の三里』にお灸をすることを論文にして博士号を取られたという。私はお灸の継続を懇願したが院長の野蛮なお灸はご法度と言われて許されることはなかった。母には院長から私の余命はあと1年と告げられた。

せめて自宅で看取りたいと母の申し出で退院した。

 渡辺さんには退院の時も退院後も会うことはなかった。

神様とはこのようにして現れるのか。

日常の縁も持たず、姿も見せず、他人には何の変哲もないおばさんに過ぎないが、今ある私にとってはまさに神様である。

地元の新聞の短歌の欄も戦局が激しくなると、紙面が縮小されて、渡辺さんの短歌を詠む機会もないまま時が過ぎ去った。

 その後、長野県の野辺山の基督者農場に受け入れてもらったことも、病状好転につながったと思う。

健康を得て、その後大病もせずにこられたのも、足の三里のお灸のお蔭だと思います。

 清楽荘の担当医に聞いたお灸の効用を説かれた原志免太郎先生をはじめ間中善雄、相見三郎、赤羽幸兵衛、深谷伊三郎各先生方の治療,講演を聴く機会を得た私はよき師に巡り会えたことに報恩感謝の気持ちで一杯です。

 諸先生方が長命で人生を全うされたように人生に定年はありません。

私も九十歳を迎えました。1600年前から受け継がれてきた家庭療法としてのお灸を一人でも多くの方々にお伝えする役目を果せたらと願っております。

 

2014年12月